医療×コーチング Mariさん

現役医師→オランダ在住コーチが目指す、自己犠牲のない貢献ができる世界

「社会の期待ではなく、自分のパッションに沿って生きる」

医療者のためのコーチングLeadingHER代表として活躍するMariさん。
総合内科専門医、家庭医療専門医、医学教育学博士として数々の目標を達成するも、あることがきっかけで女性としても医師としても自信を喪失。そんな時コーチングを通して世界が変わったという。

現在は夢だったオランダへの移住を実現し、女性医師・女子医学生のマインドセットコーチとしてコーチングプログラムを提供している。

そんなMariさんのこれまでの軌跡と、目指す世界とは。

人生の目的がはっきりしてきた感覚があった

「最初は患者さんと円滑にコミュニケーションを取るために、医療者のためのNLP(神経言語プログラム)を学び始めたのがきっかけでした。そこでNLPの基礎をガッツリ学んで、自分自身の生き方にすごく役に立つことが分かりました。さらにコーチングという言葉を耳にして。コーチングを受けて、人生の目的がはっきりしてきた感覚があったので学び始めました」

実はコーチングを知ってから最初の10年は、コーチングを受ける側だったという。家庭医療や総合診療を専攻していたMariさん。医師としての仕事だけでなく、医学教育を学ぶためにカナダのトロント大学へ短期留学。医学教育研究のため社会人大学院生になるなど、キャリア面での目標を見つけ達成していった。

「今思うと、その時はコーチングの重要性にはあまり気付いていなくて、表面的なことしか話してなかったですね。それでもその時その時の目標を定めて、やるべきことをはっきり言語化できたおかげで、早く目標を達成することができたと思っています」

目標を達成できたのは『言語化』の力が大きい。

「もやもやと頭の中で感覚的に考えているだけだと現実を動かす力は弱い。コーチングを通して目標を引き出してもらい、言語化することで、より具体的に何をするべきかがハッキリします。言語化して、目標に自分を近づけていくことに、コーチングはとても役に立ったと思います」

『もうやりたいことやっていいんだ』っていうふうに気付いた瞬間があった

コーチになろうと決意した、大きなきっかけがあった。
「一番のきっかけは、働きながら6年間行っていた不妊治療でした。子供がいないこと、体調不良から思うように働けないことから、自分を認められなくなって。女性としても医師としても自分は終わりだ、価値がない存在だと思って、自信を喪失してしまったんです」

『どうして自分はこんなことになってしまったんだろう』 

『周りの期待に応えるために頑張って努力してきたはずなのに、なぜこんなに苦しまなきゃいけなかったんだろう』

「そう振り返った時、私自身は本当は何を望んでいるのか、どんな人生を生きたいのか、どんな価値観に影響されてきたのか、と考えるのに、コーチングが一番いい方法だと気付きました。そして、ブレイクスルーがありました。

『もうやりたいことやっていいんだ』っていうふうに気付いた瞬間があったんです。

そこから、『制限なく生きるためにどうしたらいいのか』っていうのを考え始めて。

そうやって考え方を変えていくうちに、自分と同じように苦しんでいる女性医師が多いことが分かっていたので、コーチングを学んで、彼女たちの制限を外していきたいという考えに至りました」

「自分が変わるのが一番早い」

実際にコーチングを学んで、自分の中に大きな変化を感じた。 

「一番の学びは、自分が変わるのが一番早いと気付いたことですね。コーチングスクールではスキルをすごく深いレベルで広く、細かく教えていただける。受講生同士で行う実践練習もすごく役立ちましたが、知識とスキルが上がることで、自分の制限を自分で外してコーチングできるようになりました。

そうやって考え方、意識を広げることができたのが、自分にとっても、コーチとしても一番よかったですね

パッションの方向に振り切ってみる

「病院という組織の中で、医師は伝統的なプロフェッショナリズム、すなわち『自己犠牲をして患者さんに尽くすべき』という価値観を叩きこまれて働いています。さらに女性は、『子供を持って家庭を守るべき』という固定観念もある。私もそういう制限がすごく強い世界で生きてきました。

コーチングを学ぶ過程でまず、そのこと自体に気付きましたね。

もちろんその価値観が今の自分を作ってくれているのですが、私自身、人の期待に応えるために頑張ってきたんだって。

当時、自分自身が本当にやりたいこと、つまりパッションの方向に振り切っていいのか、という葛藤がありました。それを、一回振り切ってみようと思ったのです。振り切って自分の能力を思いっきり発揮したら、もっと違う世界が見えるんじゃないかなと。

周囲の期待に応えるところから、自分のパッションに沿って生きる。そういう生き方の大きな変化が起こりました

そうしてMariさんは、「海外に住みたい、海外で研究をしたい、コーチングをもっと医療者に広めたい」という想いに向かって、一歩を踏み出し続けている。

最終的に目指しているのは自己犠牲のない貢献

「医師としての伝統的な価値観は、初期の段階から言語・非言語の両方からすり込まれます。なので医師を含めて医療者は、個人としての人生や幸福よりも、「医療者としての仕事を優先させなければならない」 「自分の幸せは犠牲にしなければならない」 と深いところで信じている方が多いと思います。

同時に、オーバーワーク、責任が大きい、失敗が許されない、という環境もある。なのでやっぱりバーンアウトして燃え尽きてしまって。さらには抑うつや自殺に繋がることも実は多いです。アカデミックな研究でも、医師の世界に特有の固定観念があるといわれています」

事実、日本では毎年90~100人もの医師が自殺しているという。同僚や仲間が自殺をした経験を持つ医師もたくさんいる。

「それでも自分だけは大丈夫だと信じて、日々身を削り、心を削って頑張っている人が多いのが事実です。

なので、そういう世界を変えたい。

自分の心と体を大事にして、本当に心からやりたいことに打ち込めて、それによって誰かをハッピーにできる。
そういう貢献、自己犠牲のない貢献ができる世界を、コーチングを通して作れるんじゃないかと考えて、活動しています」

本来の実力が発揮できたらすごいことになるんじゃないか

Mariさんの描く世界は明確だ。

「女性医師たちが実力を出し切れずに自信をなくしていくのをたくさん見てきました。妊娠・出産・子育てでキャリアが途切れて長時間労働ができないと、もうキャリアを積めないという固定観念もある。なんか翼を折られるっていう感じですよね。本当に優秀なポテンシャルと可能性を秘めている人たちが翼を折られていくのを見るのがすごく悲しいし、もったいないと感じました」

「女性医師が翼を折られない世界を作るためには、まず自分の可能性に気付いてもらうこと。そして豊かな人生を生きるために何をするのか、外側の期待ではなく内側から来るパッションや願望に気付くことです。そこから本来の実力が発揮できたらすごいことになるんじゃないかと思うのです。

例えると、滑走路を走る飛行機が、離陸直前にものすごい重力で下に引っ張られている感じ。それを振り切って飛び立ったら、本当に行きたいところに自由に行けると思うのです。

彼女たちが実力を発揮できないのは、世界の損失だと思ってるんですよね」

男性医師にも自己犠牲のない貢献ができると知ってもらいたい。

「男性医師は、男性としての価値観と医師としての価値観が一致しています。キャリアを途絶えさせてはいけないし、競争に負けてはいけないという固定観念が強いので。ですが、一致しているがゆえに逃げ場がない状態になるのです。なので、特に男性医師のメンタルヘルスはすごく心配です」

自己犠牲のない貢献ができる。

そんな世界を作るために、医師全体にコーチングが広まって欲しいと考え活動しているとMariさんは語る。

コーチングを通して、医学教育とリアルな現場の橋渡しになる

コーチングの提供のほかに、もう一つのアプローチがMariさんの中にある。

「医師のキャリアやアイデンティティを研究したいというモチベーションがあります。実は、医学教育のいい研究結果はたくさんあるのに、現実で応用されていないことがすごく多いです。それに実際の現場では、目の前の患者さんのケアでいっぱいいっぱいで、教育に手が回らないことがあります。

医師のキャリアに活かせるようなアカデミックな研究と、コーチングの両方をやっていきたいと思っています。研究で分かった知見を即、現場で実践していけるような。そんな世界を作りたいと思っています」

医師になる前段階からのケアも必要だ。

「医学部では自分自身を見つめなおすキャリアデザインの授業というのは、ほとんどないんですよね。みんな自分を知らないまま、医学の知識・スキルとプロフェッショナリズムだけを叩きこまれて送り出される。なので、自分自身を見つめなおすキャリア教育を広めていくことも同時に大事だと思うので、キャリア教育に関する啓蒙活動も行っていきたいと思っています」

豊かな人生を送りながら貢献できる世界

「まずは日本で、医師がコーチングを受けるのが当たり前で、1人につきコーチが1人、そういう状態を作りたいと思っています。

そして、本当の自分は何をしたいのかをしっかり言語化できる、そういう世界を作りたい。もちろん医師だけではなくて他の医療者の方に対しても同様です。

自己犠牲なく、自分自身の豊かな人生を送りながら貢献できる、そんな世界を作りたいと考えています」

Mari